東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1347号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す。昭和十年七月十八日なされた被控訴人の日本国籍離脱の届出及び昭和十七年六月三十日内務大臣がなした控訴人の日本国籍回復の許可はいずれも無効であることを確認する。仮に、右請求が認容せられない場合には、控訴人が大正七年七月二十五日以来現在まで引続き出生による日本国籍を有することを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する」との判決を求めた。
当事者双方の陳述した主張の要旨は、左記の外は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。控訴代理人は左記のように述べた。すなわち、控訴人は大正七年七月二十五日にアメリカ合衆国カリフオルニア州ロスアンゼルス市メーブル街七百五十九番地で、日本人金子惣一郎と金子トミとの間に出生したのであるから、出生の当時から日本国籍を有していたと共に、米国国籍法の規定によつて同時に米国籍をも有し、いわゆる日米の二重国籍人なのである。しかるに、控訴人の父金子惣一郎は昭和十年七月十八日控訴人に無断で日本国籍離脱の届出をなしたから、形式的には日本国籍を喪失したこととなつた。控訴人はその後昭和十七年二月十九日の申請による同年六月三十日の内務大臣の許可によつて日本国籍を回復したが、それと共に米国国籍法の規定によつてアメリカの国籍を失つたこととなつている。しかしながら、原審以来主張しているように、控訴人の右国籍離脱と国籍回復は無効であるから、控訴人はいぜんとして日米の二重国籍を有する日本人なのである。しかるに現在は、一たん失つた日本国籍を国籍回復許可によつて回復した日本人として、戸籍簿に記入されているのである。この両者の地位は、国籍法的の関係は別としても、我国において法律上別異に取扱われている。すなわち、二重国籍を有する日本人は、国籍法第十条第一項の規定によつて日本国籍の離脱ができるのであるが、日本国籍のみを有する日本人は同法第八条によつて、自己の志望によつて外国の国籍を取得した場合にのみ日本の国籍を失う関係にあるのである。このように、両者は公法的な関係では別個な法律関係にあるものであるから、控訴人は戸籍簿の記載されているような日本人でなく、日本の二重国籍を有することの確認を求める法律上の利益を有するものである。この趣旨で控訴人名義でなされた日本国籍離脱の届出及び、内務大臣がなした控訴人に対する日本国籍回復の許可の無効なことの確認を求めるのであるが、もし、これが許されないとすれば、控訴人が出生以来現在まで引続き日本国籍を有することの確認を求めるものである。
被控訴代理人は、控訴人が出生によつて日本国籍を取得し、一たん国籍を離脱したが、その後再び控訴人主張のように日本国籍を回復したことは認めるが、右国籍の離脱については、控訴人の父金子惣一郎が控訴人の承諾を得てなしたものであると述べた(各証拠省略)。
三、理 由
控訴人の主張によれば、控訴人が本件訴訟で明にしようと求めているところは、結局においては、控訴人がアメリカで生まれて、日本とアメリカの双方の国籍を有している者であるということである。控訴人が現に戸籍簿上に記載されているところによれば、二重国籍を有していない普通の日本人なのである(この事実は当事者間に争がない)。この二つの身分上の相違はたんなる地位の相違に止まるもののようでもあるが、控訴人主張のように国籍法上その取扱を異にしているところから考えれば、両者は公法上の法律関係の相違と考えられないではない。元来行政処分は、その対象となつた者に対して権利を与え、或は義務を課する等の法律効果を生ぜしめるものであるが、一たん日本の国籍を失つたものが日本の国籍を回復するについては、国籍回復の許可処分という行政処分を必要としていたことから考えても、ある人が日本人であるかどうかということ、ある人が外国の国籍をも有する日本人かどうかということは、我成法の認めている公法上の法律関係の相違であつて、たんなる地位の相違ではないと解するを相当とする。このように外国籍をも有する日本人か、有しない日本人かの区別は、現在の国際社会において当然に生ずる差異で、このような差異を認めることは、男女の差異を認めるのと同様なんら憲法第十四条第一項の規定にも違反するものではない。又アメリカ合衆国が、控訴人をアメリカ人と認めるかどうかはアメリカ合衆国の決めるところであるが、それと我国で控訴人を二重国籍を有する日本人と認めるかどうかは別な問題である。
控訴人の本訴で求める請求の趣旨のうち、日本国籍離脱の届出の無効なことの確認を求める部分は、なんら行政処分でもなく、又それだけでは現在の法律関係の確認の趣旨とは解し得られないが、国籍回復の許可処分の無効であることの確認を求める部分と、生来の日本人であることの確認を求める予備的請求の部分は、現在のままでは、未だ整理されていないあいまいな点もあるが、終極においては、上段説明のような趣旨での二重国籍を有する日本人であるとの確認を求める趣旨とも解し得られないではない。そうだとすれば、控訴人の本訴請求は一がいに不適法だとはいい得なく、請求の当否は、一に控訴人主張のような請求原因事実が認められるか、認められないかにかかつているといわなければならない。そうだとすれば、控訴人の本訴請求を不適法だとして却下した原判決は不法であるから、民事訴訟法第三八八条によりこれを取消し、本件を東京地方裁判所に差戻して主文のように判決する。
(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)